軽の二極化 -スズキらしさを貫く-

スズキのクルマって、たぶん一般的にもクルマ好きの中にも、そんなに先進的とか、高級とかイメージはないと思う。スポーティさでは確かにワークスやスイフトスポーツ、昔のカルタスとか、けっこうピリッと辛いモデルを出しているが、基本的なイメージって軽ナンバー1のスズキとか、安くて壊れない実用車メーカーのスズキというイメージを持っていると思う。今度のワゴンRはどうなるんだろう?という期待感。これが大きすぎたのだろう。あちこちでワゴンRは期待外れといった声を聞く。しかし、私はすべてが明らかになった今「ああなるほど」と納得してしまった。前回ホンダライフの時に、私は「価格が安いと思わせる」と言った。言い換えれば、ライフは絶対的な価格は安くないということである。でも、新型ライフは価格の安さを競うことから一歩身を引いて、ある程度の価格設定でも納得してもらえるようなクルマ作りに挑戦したモデルである。事実その価格は始まりこそ安いけれど、1.0Lクラスの性能を持ったターボモデルなら、1.3Lのフィットと大差がない。内外装の質感も両者大きな違いを感じない。もしも、優遇税制が無ければ、ライフのターボとフィットのどちらを買うだろうか?もちろん、スタイリングの好き好きがあるから、ライフも売れるだろう。しかし、かなりフィットクラスを買う人がいると思う。軽は3年所有すれば10万円単位で維持費に差が出てくる。そこによりどころを求め、その代わり内容は軽のレベルを超えたものとし、価格もそんなに変わらない方向性がライフである。それはダイハツムーヴにも言える。


しかし、スズキは元来軽自動車というものは、とにかく安くなければいけないと考えているメーカーである。上級装備や上級車に迫る内容なんて軽に本当に必要なのか?必要なものをできる限り安く届ける事の方が大切なんではないか?と考えている。それは鈴木会長の言葉の節々から感じられるものだが、ワゴンRはスズキイズムを実にストレートに出して来たモデルだと思う。それが「ああなるほど」ということである。このワゴンRは、確かにライフやムーヴに比べたら、驚きというものが少ない。先進技術もそんなにないし、これといって驚くようなインテリアの質感もないし、スタイリングもシンプルそのもの。直噴ターボエンジンの搭載くらいで、あとはごくごく普通の軽というクルマである。だが、価格は安い。もっとも量販モデルとなるだろう「FX」の価格は96.5万円。ライバルの売れ筋グレードより10〜20万円安い。同様にMターボエンジンを搭載する「FT」、エアロや上級装備を追加する「FS」も思った以上に安い価格設定としている。スポーティな「RR」も先代モデルより10万円は安い計算になっている。確かに、先進装備は大事かもしれないが、冷めた見かたをすれば、お金を払って技術を買えば、どこのメーカーだって付けられるものである。しかし、安く作ることは、スズキのもっとも得意する分野であり、これはもっと難しい技術となる。この点はスズキらしさを貫いて、軽はこうあるべきという考えを明確に打ち出していると思う。誰もがマヒしているようだが、2年前にeKワゴンが91万円で発売された時にみんな安いと感じた。それがワゴンRクラスで96万円を中心価格帯に持ってきたことは、相当の結果だと言っていい。ラパンよりも大幅に安いのだ。しかも、新型登場の時点でこの価格を提示していることが恐ろしい。スズキはモデルライフの中盤からどんどん値下げをするメーカーである。今この価格なら、この先もっと勝負できる目途があるということだ。他のメーカーも驚きを隠せないと思う。


軽自動車は、様々な考えもあるし、様々な用途がある。これ1台でなんでもまかないたいという人もいれば、あくまでも日常の足であったり、セカンドカーだったり、法人だったり、農家だったりする。その中で、軽のレベルを超えた内容を持つクルマを求めている人もいれば、そんなものはいらないという人もいる。コンパクトと軽自動車の境が曖昧になっている現在、スズキは軽ナンバー1の意地を見せたなと思う。今後ますます軽の二極化は進んでいくと思う。ライフやムーヴといった660ccエンジンを搭載している以外、軽とは思えないようなクルマと、軽は軽らしく安くて実用的というクルマと。これまで安さはミラやeKのようなセダンタイプで勝負されていたが、ワゴンRの登場によって、この流れがハイト系に及ぶことになる。そういう意味でスズキはまたひと騒動起こしそうである。もしかすると、この価格がマネできるか?と考えているかもしれない。スズキの中では、上質感を求めれば、ラパンやMRワゴンがある。今後これらのクルマをモデルチェンジしていくだろうし、その時に例えば、MRワゴンはライフのように上質なインテリアを売りにすることもあるだろう。ワゴンRは実用一点張りという考え方は間違っていないように思う。そもそも初代からそういう考えのクルマだった。そして、10年目の今年、どんどん高級になっていく軽たちをある種クールに見つめながら、ワゴンRはあくまでスズキ流を貫いた。結果は吉と出るか凶と出るか。